映画監督 戸田 博 Official Web Site
 
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  今でも映画鑑賞は私の楽しみの一つで、邦画・洋画にこだわらず映画館通いを続けております。しかし昨今の作品を鑑賞するにつけ、憂いばかりが生じています。つまり私にとっての「映画」が見つからないのです。経済原則が中心の作品が氾濫し、情感もなく品性の乏しい映画が横行。邦画・洋画に限らずアメリカナイズされたもの(内容は浅いがアクションやGのみがエスカレート)が目に付く。物量を投じての子供だましにも近い映像の氾濫に、観客は麻痺状態になっているように思えてならないのです。観客についても、方向性の定まらない現在の社会情勢の中で浮遊状態となり、しつらえたレールに乗るしかない。 私見ではありますが、これらは決して「映画」というものではなく、遊園地にしつらえてあるジェットコースターやお化け屋敷にも似た感覚の「見世物」に過ぎないのではないでしょうか。この現今のなか、私たちの「手」で、これぞジャパネスクを「作品」として提示したいと私は考えるようになりました。しかしこれは自分自身へのロジック実は何もない自分の構築であり、自身の内面から生じるマグマのコントロールとして作品を提示したいただそれだけのことなのです。 intro3  
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 映画・音楽・作品など、「もの作り」とは全て「手仕事」であり、その制作過程に快感を覚えてこそ出来る喜びです。これまでの制作過程では、大きな目標は定めず、身内内での上映会を自己点検の場として作品をつくってきました。002年月〜日に「六地蔵」を京都朝日シネマにてレイトショー公開しましたが、観客の反応は私に新たな希望を与えてくれるものでした。公開の二日目はワールドカップの日本対ロシア戦の当日で、試合開始時刻に上映開始だったにもかかわらず、たくさんの観客がつめかけてくれました。私のようにサッカーでは幸せを感じない人も大勢いるのだ、「映画」を求めている観客は確かに存在する、と感じました。これを契機として、「春雪」「明日はGOKURAKU 」、「千年の記憶」、「桜の影」、「春の公園」、「十二月の空」の三本を完成させました。

 
       
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